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大和棟 『草ノ戸』  (萱で葺いた民家を「草ノ戸」と言います。)

 大和の国は、早くから文化の栄えたところで民家の形式も多く、そのなかで、新しい文化を物語る「入母屋造り」。
それが、田舎料理「草ノ戸」の建物です。 「入母屋造り」の萱葺き屋根の上には、「堅魚木(かつおぎ)」や「烏(からす)おとし」の竿を乗せ妻の片方の落屋根に「煙出し」を持つ大和棟の形式を留めています。

 
  むかし、萱葺き屋根が使われたのは「公事屋」といわれた高貴な村役の家でした。 この建物も、昔から当地で、長い年月のあいだ西の京の自然に耐えてきた民族遺産です。 居間を食事処とし、お勝手を調理室として内部を改装したしました。
 
 現在使用の萱は、奥宇陀曽爾高原です。昔は、村の共有地に大量の萱を葺き替える村中総出の共同作業でした。 手入れ次第では萱葺き屋根は、麦の倍、五十年以上の耐久力があります。水はけを良くするために急傾斜で、棟が高くなり夏は涼しく冬は暖かく快適ですが、火災と、採光にやや難がありました。
 そのために、屋根上には、火を防ぐ「鳩」の置物を掲げたり三角形の切妻を土や漆喰で塗り「水」と言う守を書き屋根に「高塀」を付けました。
また勝手の「かまど」にお不動さんを祭り、柱に火伏せの神の愛宕神社のお札(阿多古祀符 )を頂いて火迺要慎に注意したものです。
家の中心になる柱を「大黒柱」と言い神聖視した為に「大黒さん」や「恵比寿さん」も祭りました。


 
煙出し(現在の換気扇みたいなもの)   入り口も歴史のある佇まい
 
 
薬草料理「やくじき」

 私達の日常における食生活は、文化の向上と共に西洋料理の影響を受け、肉食が盛んとなり、偏食による栄養のアンバランスや運動不足などによる胃・腸、その他の障害で、健康を保持できない人が多いようです。そして、つい薬だの医者だのといって、治しがちでありますが、健康は日常生活において保たれるものであります。最近、健康について、やかましく云われており、そして漢方薬が見直されております。
 昔、僧侶は晩に食事を取らず飢えや寒さを防ぐ為に、腹部に温石(おんじゃく)として、石を抱いたものです。厳しい戒律のもと健康を維持する為の生活の知恵でした。これを薬石(やくせき)といい、後には夜食の粥や、遅い目の夕食のことを意味し、薬食(やくじき)ともいうのです。
 
つまり、健康を考えてのことなのです。それはまた”くすりぐい”(薬食)といって「滋養となるものを食べること」の意味からも想像できます。昔から、健康には薬を飲むよりも養生法を守るのが大切であるといわれるところです。
そこで薬草(薬用効果のある植物)をつかって、皆様方の健康を願い、親しみやすく調理したのが、薬草料理「やくじき」でございます。
 
 
 
やくじき料理   机に季節の花を添えて
 



「けんずい」弁当
 
 人は普通一日に三度の食事を取る習慣を身につけて生活を営んでいます。
いにしえの大和の国では、朝食と夕食の二食で事が足りていました。が、機械文明の発達していない頃、農繁期では三食でも空腹を憶え労働の体力低下を感じる為に、「けんずい」(間食)と言う軽食を仕事の合間に食べたものでした。そして、現代の文明社会の世の中では、よしわるし、は別として生活環境の変化や行動時間、保健衛生の観点より朝食ぬきの二食の時代に変わりつつあるようです。人間の腹具合は、個人差や感覚も伴いますが、量(ボリューム)より質(カロリー)に移行しているようです。
 そこで、現代風に、赤い祭りの提灯を形どった本塗の器に、新鮮な四季折々の里の幸を取り揃えた大和風味豊かな「けんずい」弁当を再現しました。
 
干いちじく(無花果)

”日向くさい畝びた甘みの逸品”として知られる当店の「干いちゞく」の銘菓はお茶の友として自然の風味を好まれる皆様方から喜ばれております。
秋に熟した朝採りの大粒の水々しい「干いちゞく」を秘伝の加工技術で仕上げたもので、郷愁の香りを失わないように心を配りました。
 
 

 
けんずい弁当   薬師寺や唐招提寺への道は歴史街道